夕日は笑っていたね

広尾二丁目は確かに高級住宅街ではあるがそれは坂の上のことであって地理的にも住宅価格的にも低い所をみればどこにでもある住宅街と変わらず、おばちゃんとかおっさんとかまあそんな呼称がぴったりの人たちが犬を散歩したり白いシャツを着ながら気持ちよさそうに道を闊歩している。臨川小学校の裏を東に向かって歩くと左側は上り坂がありセレブな家が建ち並ぶ区域が見える。そのまま東に直進し聖心女子大学の南門の前を右に曲がると「広尾散歩ど〜り」と呼ばれるささやかな商店街に出る。商店街を抜けると外苑西通りに出て、ここが東京メトロ日比谷線広尾駅の入り口である。右手には広尾プラザや広尾病院があり、左手には聖心女子大学広尾ガーデンヒルズが広がる。交差点を渡ったすぐ先のスーパーマーケット「ナショナル麻布」は利用者の半分近くが外国人で輸入商品が豊富にそろっている。しかしながら値段は安い他のスーパーの何割増しかになっているので利用したことはない。スーパーの正面には有栖川公園の緑が広がり子供や奥さんやおじいさんや外国人やまあいろいろな人たちの憩いの場となっている。公園にはいったすぐのところには池があり釣りや写生をしている人がよくいる。公園の奥へ向かうと階段があり登った先にはちょっとした広場がいくつかあり、さらに進むと左手に都立中央図書館が建つ。この図書館では本の貸し出しを行っておらず小説などはない。個人が研究や勉強を行うことを目的とした図書館なのである。そのぶん古いものから新しいものまで蔵書は豊富で机や電源もも十分にそろっておりこもって勉強や読書をするのには最適の場所だ。近くに住んでいれば気軽に使えるので「僕のでっかい本棚」だと思っている。

僕は朝日とともに目を覚まし朝食を食べ身支度を調える。暖めた冷やご飯と焼きたての卵とタッパのおかずを弁当箱に詰める。アパートの階段を下りてお寺の前、小学校、道を渡り、南門の角を折れ、商店街を進む。グレーのスーツにそろって身を包んだ聖心大学の大学生たちとすれ違う。商店の店員たちがガラガラと頼りない音を立てるシャッターを押し上げている。朝には道を急ぐ人たちと緩慢に動く人たちがいて互いにふれあうことのない。目の端にそんな通り過ぎていく風景をとらえ続けながら歩いているとすべてのものが、空や光や人が、ずずずと動き巨大なカーブを描きながら遠くの一点へ向かい進んで行くようだ。目の端では車のサイドミラーの端っこと同じように風景は歪んで、もはや正しい姿は映し出されない。僕には現れては目の端で消えていくそれらのものは、まるで黄昏に落ちていく夕日のようだった。そしてなぜだか夕日は最後には最高の笑顔で笑っているのだった。みんな最初は無表情に現れて、だけど最後の一瞬にはオレンジの光を残して消えていくのだった。