自ずからに由る

言い訳だ。良い訳でなく。凡人なのだ。汎用とはだいぶ違う。
自分の事なんて大してわかっちゃいない、一体何がわからないのかもわからない。それにもかかわらず、飽きたらず、自分で自分を騙そうともする。僕に限った話ではないようだ。というのは例えば、以前にアルバイトをしていたベンチャー企業の社長がそうだった。僕がバイトに入ったとき、その会社は設立一年ほど。ソフトウェアの制作が業務なのだが、まだ何も製品はない。会社のウェブサイトもない。社会から見ればこの会社(ダジャレではない)は存在しないようなもので、大人から見た若者達と似たような立場である。ビルの中にある5人分の机を並べるのがせいぜいというほどの大きさのオフィスの壁には社長が新聞や雑誌の切り抜きなどを貼り付けている。人の言葉をそんなに引用するのは自分の知性を低く見られてしまうと感じたのだが、もちろん何も言わない。その中でも目立ったのが会社の目標を書いたものだった。時価総額で世界一になる、だ。もしかしたら当時は実現不可能な高い(しかし大きくはない)目標を設定することがベンチャー企業の経営者に流行っていたのかもしれない。

アルバイト中僕は社長におだてられ続けた。「道野さんはすごい、道野さんが作ったデモプログラムがあったからこその契約だよ」とか。そういったことを毎日のように言われ続けた。(あ、道野とは僕のことだ。はじめは○○と伏せ字にしておいたのだが、クイズを出しているとは思われたくないので適当に考えてみた)。社長はその時は28歳ほどだったか、髪ををオールバックに固め、向上心に溢れていた。一応断っておくが、向上心といっても何かを目指していたということで、それを向上、と書くのはそれが売上高などの値、もしくは社会的地位(というものもよくわからないが)において上を目指しているのようだったということである。 
アルバイトを辞めてから数年後、大学院の修士一年のときに、その社長から電話がかかってきて、昼食を一緒に食べないかと誘われた。オフィスを訪ねると,社員が増えていて会社経営は悪くなさそうだった。しかしなにやら社長の雰囲気がずいぶん変わっている。シュンとなっていた。周囲に醸し出していた自信や野望といったものがきれいになくなって、まるで反対側から覗いた双眼鏡で見ているように小さくなったみたいだ(やや誇張)。さて、何が起こったのか。と、推察する間もなく、社長が話し始めた。なにやら大失敗をしたという。お金のことで色々な人に迷惑をかけてしまったようだ。それでも会社はなくなっていないし,製品も売れているみたいだし,人も減っていない。事務の女性はきれいだ。前よりもずいぶん居心地が良さそう。
帰り道で、アルバイト中に社長から聞いた話を思い出した。毎日、ありがとう、と100回必ず言うことにしているということだった。そういえば、オフィスの出際に「道野さんがやさしくてよかった」と言われた。なぜだろうか。

関係ないが(何と?)、自由に生きるってなんてすごい、と最近思う。こんな様々なものが複雑に絡み合う場所で自分勝手に生きられるなんて! 集まっても群れず、人に迷惑をかけずかけられず、精神性において一国一城の主となり世間などどこ吹く風、物事に善し悪しなど存在しないよ、好き嫌いだけ。社会的地位? 感謝しながら生きる? 愛? 自己愛? 向上心? するどさ? 優しさ? 思い遣り? そんなんなんのんなん??